突然の訃報

こんにちは、千葉県市川市の社会保険労務士 渡辺 巖(いわお)です。 

 

先月21日に所属する船橋支部より訃報メールが届きました。亡くなられた方の名前を見たとき、何かの間違いではないかと思いました。私の中では受け入れ難いことでした。何人かの方と連絡を取って、やっと受け入れられた感じです。その翌日、あるお客様をご訪問する際、いつものように先生の事務所の前を通りましたが非常にやりきれない気持ちでした。

 

私が社労士になって最初にお世話になった先生は、支部の懇親会で名刺交換して以来、仕事のこと、支部のこと、たくさんのことを教えてくださいました。先生との時間はたった3年半です。先生はクリスチャンで、教会では第5土曜日にコンサートがあり、私にも声を掛けてくださり、初めて行ったコンサートに先日亡くなられた先生もいらしていて、コンサートの後、3人で飲みに行きました。そのとき、初めて話をしたように思います。それ以降、支部でお会いするといつも、「商売、うまくいってるか?」と気軽に声を掛けて下さいました。まだ仕事があまりなかった頃、平日に小さな娘とマザー牧場に出掛けたことがありました。JR総武線の快速電車の中、たまたま先生とばったり。15分位の間でしたが、娘は今でもそのことを少し覚えているようです。その日、先生は、千葉駅にある千葉SR経営労務センター(労働保険事務組合)の役員をされていてそちらに行く途中でした。

 

私が最初にお世話になった先生が亡くなられた後、気に掛けていただいたのだと思います。迷っているときは背中を押していただいたり。私も千葉SRに関わるようになってからは、理事会の後に居酒屋にご一緒させていただいたり。私もそうですが、ビール党でサントリーのプレミアムモルツが大好き。飲みに行くのが楽しかったですね。コロナ禍では当然のことながら、お会いすることもなくなり、病気になられたことも全く知りませんでした。昨年の10月頃に、あることで久しぶりにお電話し、最後に「コロナが収まってきたら飲みに行きましょう」と言葉を交わしたのが最後の会話となりました。

 

2年位前に発病されたそうですが、入院していたわけではなく、仕事もし、先生のオールディーズのメンバーとは、亡くなられる1週間前位まで馴染みのライブハウスで歌ったり、踊ったりしていたようで。病気は薬で抑えていたようですが、これまでの薬による体力の消耗もあったようで、今回の投与により急変して亡くなられたようです。74歳、矢沢永吉氏と同年生まれ。早すぎる死ではありますが、最期まで楽しまれたのはさすがと思いました。船橋支部や千葉SRの組織基盤を整備した重鎮中の重鎮。普段は午後9時には床に入られるということでしたので、ずっとお元気であろうと思っていましたし、いつものように居酒屋にご一緒したかったですね。非常に残念です。 安らかにお眠りください。