オリンピック 半藤一利氏の昭和史を読んで思ったこと

こんにちは、千葉県市川市の社会保険労務士 渡辺 巖(いわお)です。 

 

新型コロナの緊急事態宣言が7月12日から8月22日まで発令されます(東京)。最初の緊急事態宣言のときは、街を歩いている人がほとんどいなかった記憶があります。前回のときは、普段の人通りです。コロナ前と違うのはマスクをしているかしていないかの違い位でしょう。多くの人は、この宣言を重要なものとは受け取らなくなっています。オリンピックのために何故こんなことをしなければならないのかということだと思います。それに、この国のトップはきちんと説明ができず。

 

先日、今年の1月に亡くなられた半藤一利氏の「昭和史1926-1945」を読みました。この本の後半に、太平洋戦争において310万人もの死者を出した日本の指導者のことについてこのように書いてありました。「昭和史全体を見てきて結論としてひとことで言えば、政治的指導者も軍事的指導者も、日本をリードしてきた人びとは、なんと根拠なき自己過信に陥っていたことか、ということでしょうか。こんなことを言っても喧嘩過ぎての棒ちぎれ、仕方ない話なのですが、あらゆることを見れば見るほど、なんとどこにも根拠がないのに「大丈夫、勝てる」だの「大丈夫、アメリカは合意する」だのということを繰り返してきました。そして、その結果まずくいった時の底知れぬ無責任です。今日の日本人にも同じことが多く見られて、別に昭和史、戦前史というだけでなく、現代の教訓でもあるようですが。」(507ページ)

 

これを読んで、まさに今の日本だと思いました。コロナがこんな状況になっているにもかかわらず、オリンピックを開催することの狂気。こんな状況なのに、コロナは何とかなる、そしてオリンピックは成功する・・・これは太平戦争に突っ走っていったあの頃の日本と何も変わっていないように思います。歴史から何も学んでいない、恥ずかしい話ですが、それがこの国なんですね。ですから、オリンピックを中止するか否かでも何も決められず、ずるずると。そして昨日、無観客が決まったとか。

 

まともな政治家がほとんどいない今、この国の将来は明るいものとはいえません。コロナのせいで、国の借金がさらに100兆円増えました。オリンピックも赤字でしょうから、またまた国の借金が増え、どうせ今後も無責任に増えていくのであれば、国の将来を担っていく若者の大学までの学費の無償化でも実現してもらいたいものです。